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特集 ビーチバレーインタビュー

                   日本を代表するブロッカーだった鈴木のブロック
                                      撮影/坂本清

引退を決めた理由

   北京五輪を一つの目標としてやってきて、オリンピックへの可能性がなくなった段階で、一度そこで現役を退こうとしたことは、以前にお話したことがありましたよね。だけど昨年、(田中)姿子さんに誘われたことで、自分の考えを改め直して、もう一度やってみようと決意してワンシーズン戦ってきました。

 
   国内でも海外でも結果がそこそこ出てきていたので楽しかったんですけど、シーズン後半は、ビーチバレーのことを純粋に考えるということができなくなっている自分がいたんです。
  私は、10歳の頃からバレーやってきて今年31歳になったので、20年以上バレー人生を送ってきました。それを考えると、『バレーしかできていない、このままでいいのかな?』という疑問が浮かびました。ビーチバレーも本当に楽しいし、もちろんこのままでいいという選択肢もあるのかもしれないけど、もっと自分には他に身に付けられることがあるんじゃないか、と思ったんです。

 
  周囲の人に相談すると、『ずっとバレーをやってきたってことは、他の人にはできない経験だからそれはすごいことなんだよ』って言ってもらえるんですけど、私にとっては、バレーしかできないということに、物足りなさを感じてしまったんです。
   そういう想いが一昨年くらいからずっと心の中にあって、こんなふうにずるずる思い続けるのもよくない。こんな状況では、モチベーションも上がらないし、トップアスリートとしてやっている上、姿子さんだって他の選手だってオリンピックを本気で目指している。だからこそ、自分が中途半端な気持ちでいるのが申し訳ないし、温度差があったら絶対に続けられない。これが引退を決めた一番の理由です。

 
                         昨年は田中姿子と国内外を転戦した
                           撮影/松永和章(Agence SHOT)

  最近、引退された千代大海関の引退記者会見、見ました? 引退を表明する前の晩、その日の戦いをVTRで何回も確認して、こういう負け方をするなら今後は勝てない、と判断して引退を決意したそうです。

 
   自分自身に置き換えると、これまで壁にぶつかったときは、『自分の力はこんなはずじゃない!! 負けてたまるか!!』という『ナニクソ魂』がありました。それなのに、今年世界を転戦したときに『無理かも…』と思ってしまった自分がいました。
  オリンピックの翌年にどんどん若い選手も出てきて、海外の選手は身長が大きくて動けるし、本当にレベルが高い。これがロンドン五輪の前になれば、今出てきていない選手が出てきて今以上にレベルが上がることを考えると、相当厳しくなってくる。
  そんな中、『もっとがんばらないと!!』っていう気持ちに変えられない時点で、ビーチバレーに対して何かが違うな、と思ったのも理由の一つでした。

現役時代を振り返る

 
  インドア時代、1998年から全日本の経験をさせてもらっていたんですけど、自分がその場から離れてみて、全日本の選手として12人に選ばれて、6人に入って、ましてその一人として注目してもらって、端からみるとそれってすごいことだったんだなって思いますね。
   当時はやっぱり麻痺していたというか、バレーボールのトップの場にいた経験や自分がどれだけの存在なのか、いまいちわかっていなかったなと思う。周りからどういう目で見られているのか、自分ではわからなくて結局自分で自分が見えていなかったなと思いますね。

  
  今改めて考えると私は、アスリートとして気持ちが弱かったなと思います。プロのアスリートというのは、自分をどこまで追い込んで、打ち勝つかがすべて。なのに、私は試合前のプレッシャーを味わうのもつらかったし、優勝すれば気持ちは上がってくるけど、へんなところでコケれば『だから嫌なんだよ』って一気に下がるので、メンタル面を一定に保つのさえ、しんどかった。
  インドアからビーチに転向して、人間として成長できた部分はたくさんありますけど、スポンサー集めとか生活をしていくうえでも、誰かに何かをやってもらわないとできない部分が多くて、自分自身、すごく甘かったように感じます。

             女子ビーチバレー界最高峰の高さを誇った鈴木のスパイク
                                       撮影/坂本清

これからの私

  今は、先のことを考えると不安になりますね。忙しいときはいいんですけど、ふと時間があるときは、この先、私は何をやるの? 何ができるの? 何で稼げるの?って考えると、私は何も身に付いてないなって考え込んでしまいます。
   将来的には、父親ゆずりの商人魂が譲り受けていて、人を接することがすごく好きなので、手作りパンをウリにしたカフェとかオリジナルのお店を開きたい。そのためには技術が必要だから、それを身に付けられるような現場に行ったり、料理の勉強をしていきたい。あと、『アルバイト』というものをしたことがないので、バイトもしたいなって思っています。
   あとは今までのバレーの経験を活かして小学生や学生さんに基礎的なことを教えたい。私は、ずっとケガで悩まされてきたから、上を目指す選手には体のこととか、ケガをしないための知識を身に付けてもらいたいので、そういう機会があれば教えていきたいと思っています。

ファンの皆さんへ──

   引退を決めて一つだけ心が痛いのは、今年立ち上げてくださったファンクラブの存在。昨年、姿子さんとペアを組んだときに当初はスポンサーも見つからないし、遠征費の捻出も厳しいということを見計らって、地元・熊谷の皆さんが立ち上げてくださったんです。
  ロンドン五輪まで応援してくださるということで、本当にうれしかったんですけど、そのとき自分の正直な気持ちを伝えることができなかった。結局、こういう結果になってしまって、本当に申し訳ないと思っています。  

  
   今まで応援していたファンの方には、バレーボール・ビーチバレーの選手として本当に支えてもらったな、としみじみ感じています。支えてくれる方々がいなかったら、ここまでできなかったと思います。
  今後は、今まで支えてくれた方々に恩返しというか、いろんな意味でできることがあったらやっていきたい。 今まで応援していただいた方は、自分がバレーを退いてもこれからも応援してくれていると思うし、本当に今までありがとうございました、と御礼を言わせていただくとともに、これからもよろしくお願いします、と伝えたいですね。

                      新たな道を歩き始めた鈴木。1月22日撮影 PROFILE すずき ひろみ
1978年11月14日生まれ。31歳。埼玉県出身。
身長186cm。春日部共栄高出身。


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