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HOME特集>ビーチバレーインタビュー8 楠原千秋

特集 インタビュー

 北京五輪後、「今後はオリンピックを目指さない」と公言し、第一線を退いた楠原千秋。昨季は、自分の持っている『経験』という財産を浦田聖子に継承するため、臨んだシーズンだった。

                           撮影/松永和章(Agence SHOT)

本当にわかるのは、これから


──2009年を振り返ってみて、どんなシーズンでしたか?
「昨年は、ワールドツアーにまわらず国内大会に出場して現役を続けようと思っていたところ、(浦田)聖子からオファーをもらってペアを組むことになりました。当然、聖子と私の経験やランキングからいっても、国内では『勝ってもおかしくないペア』。でも実際のところ、私自身は、合宿以外の平日はボールを触らないし、オリンピックの年に比べたら練習やトレーニングの量も全然違うし、気持ちの入れようも違う。その反面、聖子を育てたいという気持ちもありましたけど、だからといって自分のスタンスを変えるわけでもなく、練習を必死に取り組むわけでもなかった状態でした。試合のときも、聖子がどんなにミスしてもトスを上げ続ければよかったのに、試合に負けたくないから、勝負どころで私がツー攻撃をして勝ち急いでしまったり…。心と体がまるで一致していなくて、正直、そのバランスを保つのが、すごくしんどかったシーズンでした」


──浦田選手には、自分の持っているすべてを伝えることはできましたか?
「練習中、試合中含めて、『あーだ、こーだ』とアドバイスを送ったり、私が気づいたことは、その都度教えることはできました。けど、それが聖子にしっかり伝わっているかどうか、本当にわかるのはこれからだと思います。私と離れても、聖子が教えられたことをできるかどうか…。それができていれば、聖子は成長していると思うし、できていなかったら、私が伝え切れていないということにもなるし、体に染み付いていないということになりますよね」


──具体的に、どんなことを教えられていたんですか?
「技術面のことよりも、どちらかという試合の運び方や勝つために必要な考え方ですね。試合で狙われていたのは、聖子のほうが多かったので、たとえば、試合中に攻撃のミスをしたとき。一度ミスをすると怖くなって、たいていの選手が同じコースに攻撃を仕掛けないんですけど、そうすると敵の思うツボなんですよ。レシーバー自身も、ミスをしたコースには打ってこないだろう、と考えがちですから。だから、ミスをしたときこそ、考えていかなければいけない。ミスをしても、もう一度同じコースに打っていくべき…だとか、ここで打たないとラリー中も打てなくなってしまう…とか、気持ちの面で伝えることが多かったですね」


──それが、世界で勝つためには必要ということですね。
「そうです。聖子には世界で勝つためには何が必要か、自ら感じとって習得していってほしいですね」

                                       撮影/坂本清

五輪を目指す選手たちへ

2009年11月。浦田とペアを解消した楠原は、今後どんなカタチでビーチバレーに関わっていこうか、悩み考えていた。そして最終的には、現役続行を決めた。その大きな理由となったのは、自分にしかできない『何か』を伝えるためだ。だからこそ、これからロンドン五輪を目指す若手選手たちに、苦言を呈す。
──いろいろ選択肢があった中で、現役続行を決めた理由は?
「シーズンが終わった後、完全に引退するのか、それとも続けるのか、考えていたときに、『指導者』としてのオファーもあったんですよ。今の私はまだ、指導する器があるとは思っていないので、お断りさせていただきましたけど。これからどうしていこうか考えたときに、たとえ引退したとしても、これからも地元でビーチバレーをやる機会はあるし、完全にビーチバレーから離れるというわけではない、と思いました。そうなると、絶対またやりたくなるし、いつまでもボールを触っていたいという気持ちは変わらないので、今年は自分のペースで国内大会に参戦することを決めました。 それと、ある方から説教のように『オリンピックを知っているのは千秋しかない。千秋が引退したら女子は大丈夫?』とアドバイスをもらったことも大きかった。そのときは『じゃ、私ががんばらないと女子はオリンピックに行けないの? 私ががんばれば、オリンピックに行けるわけ?』と意地になりましたけど、冷静に考えたら、確かに私にはまだやれることはあると思ったんです。今年は、昨年よりも技術的にも体力的にも落ちる一方だけど、私の姿を見て若手選手が、何かを感じとってくれればいいなと思います」


──今の若手選手が、ロンドン五輪を目指すために必要なことは何だと思いますか?
「うーん、何でしょうね。『本気』でオリンピックに行きたいという気持ちですかね。私の経験上、オリンピックというのは、4年間目指して行けるほど甘い世界ではない。一回目の挑戦で出場できなかったからといって今後どうしようか…と考えるのはどうかな、と思います。1回目の挑戦で逃したのであれば、長期的なスパンで強化計画を立てて、次の4年後に向けてすぐに始動するべきです。五輪の開催年だからといって休んでいる余裕はないし、多くのチームが出てこないその時期がチャンス。できる限りワールドツアーをまわってポイントを貯めていくことが重要です。『本気』でオリンピックに行こうと思ったら、もっと必死にならなければいけない部分があると思います」


──楠原さんはこれまで2回、オリンピックに出場されていますが、出場権を勝ち取るため、どんなことに取り組んできたのでしょうか?
「私の場合、1回目の挑戦はシドニー五輪で、五輪ランキング30位前後であと一歩と言われながらも国内上位2チームまでに入れませんでした。出場できなかったことで私と涼さん(当時のパートナー:徳野涼子)は、自腹でオリンピックを見に行こうと決めました。選手としてコートに入れなくても、観客席でオリンピックというものを肌で感じて、『4年後は絶対あのコートの中に立つんだ』という気持ちで、五輪後すぐにワールドツアーをまわるために動き出しました。 そこでポイントを稼いだことで、思っていたよりも早く本選へのシード権を獲得できました。01年からは、山本(知寿・現日本代表男子コーチ)さんが専任のコーチになって、山本さんが実戦してきた身長のハンデを克服するビーチバレーを教えていただいたことで、アテネ五輪で出場を果たすことができました。 2度目の北京のときは、私とテル(佐伯美香)さんがスタートしたのは、五輪予選の前年だった06年の終盤でした。そのときも、五輪予選とは直接関係ないけど、06年のワールドツアー最終戦に出場して9位になって、そのポイントが五輪予選に大きく影響しました。今考えると、急速に大型が進んでいた中でよく出場権をモノにしたなと思いますけど、数々の大舞台を踏んできたテルさんじゃなければ、五輪出場は成し得なかったと思うし、アテネの頃のままの私では絶対行けなかったですね」


──技術的な面では、日本チームが勝つために何が必要になってくると思いますか?
「さきほど大型化が進んでいると言いましたけど、日本チームはやりようによっては十分戦えると思います。勝つために必要なのは、サーブ、つなぎの精度。常に安定した正確性が求められます。それとブロック。今の若手選手の中で身長の大きい選手は不在ですが、止めるだけがブロックではない。もちろん、大型のアタッカーでどうにも対応できない相手もいますけど、身長が小さいからといってどうにもならないというわけではないと思います。世界のレベルが上がっている中、これからはさらに厳しい戦いが強いられると思いますが、今の選手には、何かを犠牲にしてでも、本気でオリンピックを狙ってほしいですね」


                                       撮影/坂本清

2010シーズンは、アマチュアの三木庸子とペアを結成。昨季のJBVツアーの合計ポイントにより、上位4チームにランクイン。年間シード権を獲得した。第一線を退こうといえど、国内トップシーンには欠かせない存在であることは間違いない。

──今年は、三木(庸子)さんとペアを組まれるそうですね。そのいきさつは?
「実は、モミジ(三木選手の愛称)からは、毎年オファーをもらっていました。本当にしつこくて(笑)、今年も声を掛けてもらったんですよ。他にも若手を含めていくつかオファーをもらっていたんですけど、そんな中でモミジを選んだ理由は、昨年はアンバランスな状況で悩みながらやっていたし、今年も育成目的でペアを組むとまた中途半端になってしまう。でも、モミジとだったら、楽しくできるだろうな、と思った。それに、私が愛媛でモミジが大阪と離れていても、お互いベテランだから一緒に練習できなくても、お互いやるべきことをやっていれば合わすことができると思いました。1月から、愛媛と大阪をお互い行ったりきたりして、練習を開始しています」


──今季は、年間シードを獲得しましたが、若手選手からすれば、楠原さんがいることで大きな刺激になるのでしょうね。最後に今季の目標をお願い致します。
「そうですか? 刺激になるというか、相手チームからすれば、私と戦うのは嫌だと思いますね。目標は常にベスト4。達成したら、また新たに目標を考えます(笑)。でも、常に自分が勝っていたら、それはそれでまた落ち込みますね(笑)。とにかく今季は、体力を維持できるようにトレーニングジムには通っているので、まずは、ケガをしないようにがんばりたいと思います」


PROFILE  くすはら ちあき
1975年11月1日生まれ。34歳。愛媛県出身。
身長175cm。扇城(東九州龍谷)高、東京学芸大学出身。



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